アウトドアプロダクツの歴史

OUTDOOR PRODUCTS(アウトドア プロダクツ)は、リーズナブルな値段でしっかりとした品質のシンプルな商品を提供し続けています。
その根底に流れる哲学は、一風変わったブランドの成り立ちによって形成されたのです。
ブランド創設者のアルトシュール兄弟の父親は1950年代半ばから、軍物のサープラスの商売に携わっており、
1960年代初頭にLAのダウンタウンに’Famous Department Store’という小売店を始めました。
アウトドアプロダクツ 1970年当時のカタログ
軍物のサープラス以外にも、キャンピングカーを含むキャンプ用品を扱い、軍物のタープをキャンプ用のテントやバッグなどにリメイクする設備も備えたその百貨店は西海岸では初めての百貨店でした。(その頃は靴とバッグ一緒に売る店舗は無かったのです。)
1970年代に入り、キャンピングカー専門の売り場を別の場所に構えるほど業績は拡大していましたが、アルトシュール兄弟は自分たちの販売していた商品群に隙間がある事に気付いたのです。
靴にしろ、バッグにしろ、洋服にしろ、市場でベストと思われる商品を様々なブランドからセレクトして買い付けていた訳で、スキー・登山・カヌー等の実際のシーンで有用な道具は十分にあるものの、そういったアクティビティーに関わる人々の’普段使い’の商品が全く用意されていなかったのです。
アウトドアプロダクツ 当時のFamous Department Store-1
その側面を見過ごして買付していなかった訳ではなく、本物のギアを知っている人々に普段使いとして認められるリースナブルで丈夫な商品が市場に存在していなかったのです。
そこで、軍物のタープのリメイクのためにあった設備を使い、1973年の立ち上げられたのがOutdoor Productsだったのです。
そういった成り立ちなので、最初のラインナップはバッグ・寝袋・ゲイター・レインポンチョなどが何の脈絡もなく並んでいる奇妙なものでした。
長年、ギアとしては最高の商品をリスペクトをもって扱い続けてきたので、そういった商品と争う商品の開発には手をつけずにそれらのブランドが手を付けていない’普段使い’の商品に集中した訳です。
アウトドアプロダクツ 当時のFamous Department Store-2
1980年代半ばにはLAで1200人の陣容の工場を運営していたOUTDOOR PRODUCTS(アウトドア プロダクツ)ですが、生産をスタートさせた1970年代半ばの西海岸は労働組合運動の台頭と最低賃金法の大幅な改善が顕著で、製造業にとっては決してたやすい時代ではありませんでした。
生産サイドを任されていたザリさんは容赦なく上がっていく工員の人件費に日々頭を悩ましていました。
大学でシステム工学を学んでいた彼はありとあらゆる工場運営の効率化を成し遂げましたが、最終的には、一番大きな部分を占める工賃そのものをコントロールできない限り、このブランドには未来が無いと考えるようになりました。
アウトドアプロダクツ 試行錯誤を重ねた当時の工場
一人頭の人件費は上がり続けるだけでしたので、唯一の解決策は、製品一個当たりの工程を簡略化する事であり、それに気付いた彼が作り出したデザインが、現在に至るまでいわゆるデイバックの基本的なスタイルとなった“452”なのです。
基本的に2枚のパーツと最低限の縫製量でシンプルに作られながらも、耐久性に優れたコーデュラの生地とYKKのジップを使用した“452”は、同じくシンプルな作りのダッフルボストンと共に、1980年代半ばには全米の大学の生協で販売され、すべてのMLB/NBA/NFLのチームとライセンス契約をするほどの広がりを見せました。
アウトドアプロダクツ リュックのマスターピース“452”
余分なデザインをすべてそぎ落とした“452”はどんなファッションにもどんな年齢にも無理なくマッチするマスターピースですが、 その誕生にはここで述べたようなアメリカの高度成長期の事情が大きな影響を及ぼしていた訳です。
アウトドアプロダクツ 当時のFAMOUS DEPERTMENT-3

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